宮崎駿のNHKインタビューを見て

いま、NHKニュースウォッチ9で宮崎駿のインタビューを見た。

宮崎さんは、

『3.11以降、ファンタジーをつくる状況でなくなった。
時代に立ち向かって生きるリアルな作品を作らねばならないと感じて
「風立ちぬ」を作った』

と語る。その中身は、太平洋戦争で活躍した零戦設計者の話だ。

宮崎さんは、決して戦争を美化するためのものではなく、困難に遭遇した
ときの人間の強さを表現したかった、
特に大震災以来、日本は困難に
直面している、この作品は、時代が要請している作品でもある、
と話す。

しかし、いまのわが国の状況を見ると、この作品は、宮崎さんの思惑とは
まさに正反対に取られる
ことになるだろう。

時の総理は、安倍さんだ。安倍さんは、太平洋戦争で散った日本軍兵士を
英霊とたたえ、お国のために戦って戦死した御霊に尊崇の念を抱くのは
当然
だ、といい、一方、多大な損害を与えた近隣諸国に対しては、侵略戦争の
定義はさまざまある、として、即答をさけ、過去に謝罪した村山談話も見直そう

する。

それだけなら、まだ罪も軽いが、憲法第9条をはじめ、平和・民主主義を
規定した条文を削除したり、大幅改悪をはかろう
としている。
安倍さんは、戦車に乗ってご満悦、戦争ごっこがお好きなようだ。

そのようなときに、『零戦設計者の半生記』 は、ないだろうと思う。

これでは、『時代に立ち向かう』どころか、逆に『時代に迎合』ということに
なる。

ほんとに、時代に立ち向かう気があったなら、まさに福島原発事故発生を
エンディングシーン
として強欲東電・強欲政治家・強欲官僚・強欲科学者そして
強欲自治体
が、いかにして、結託しながら、『原発安全神話』を作り、国民を
だまし
つつ、その私腹を肥やしていったのか、そのプロセスと、なれのはてを、
ありありと描く作品を作るべきだった
のではないかと思う。

このような作品は、宮崎さんのような人が作らないと、これまた、
あまり、インパクトがないものだ。

インタビューのなかで、大越アナが、
『これは、宮崎さんの遺作か?』
とヤボな質問をしていたが、
『そういうことになるかも知れない』
と応えていた。

そうだとするならば、もうすでに使い切れないほど、たらふく、もうけた
はずだから、いつ干されても心配ないはずだ。

死ぬ覚悟・干される覚悟で、前述の、『福島原発開発・導入騒動記』に
全力で取り組んでもらいたかった。
時の権力のお先棒を担ぐ作品ではなく、国民の味方になる作品に
取り組んでもらいたかった。

そうすれば、『世界の宮崎』になっていただろう。
いまの、『風立ちぬ』では、一般大衆からの逆風を巻き起こし、立ちぬくこと
さえむずかしくなるかも知れない。そんな感じがしてならない。

最後になるが、夏八木勲さんの『希望の国』を思い出す。

実に、後味のよくない映画だったが、それが、原発映画の、ほんとの
リアルな映画
なのではないのか、と感じた。

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