憲法改正論者の多くの方々の持つその根拠の主旨は、
『憲法は、アメリカ占領下の1947年に、アメリカによって作られたものである。
したがって、日本国民の主権が反映されていない。
また、同時に、国際法違反の産物である。
以上から、国民の主権を反映するために改正しなければならない。』
となる。
この論拠は、当時の日本国民の意識状態が、正常な状態であったならば、
まともだと言えるだろう。
ところが、多くの国民、中でも、その中枢たる政府の役人連中の大半は、
あいかわらず、明治憲法を焼き直そうとたくらんでいたわけだから、
今から見ればその意識状態にまさに異常であったといえるから、
この論拠はあたらない。
当時のGHQは、いくつか、時の政府に憲法草案を作らせたが、
いずれも、平和日本の再建には不適当と判断し、
人類の戦いの歴史を教訓とした幅広い平和の概念を凝縮して
1946年に作り上げたものが現行の日本国憲法なのである。
つまり、この日本国憲法は、当時の日本国民の異常な意識状態を
正常な平和的な、二度と戦争を起こさせない国民に変革していこうとする
アメリカの考え抜かれた誠意のあらわれでもあったといえる産物なのだ。
特に、最初に書かれている前文は、太平洋戦争が、日本政府の独断で
開始されたことを見事に看破し、この政府による独断専行を絶対許さない
真の国民主権の実現を念願した心にひびく名文だ。
この文章は、当時の政府にとっては、天に唾するようなもので、
発想すらできなかったものだろう、というよりも、時の政府にまかせていたら、
今の平和日本の実現はありえなかったかも知れない。
憲法改正論者は、何度も、じっくり読み返す必要がある。