毎日新聞 2013年09月09日 21時27分(最終更新 09月09日 23時49分)
安倍晋三首相は昨年12月の就任以来、2020年夏季五輪の東京招致に向けて周到に準備を重ねた上で、国際オリンピック委員会(IOC)総会で勝 負に出た。東京電力福島第1原発の汚染水事故を「完全に問題ないものにする」と訴えた演説が招致を引き寄せたのは間違いない。ただ、これで汚染水対策は事 実上の国際公約になった。招致実現で長期政権がより現実味を増したと同時に、公約にたがわないよう取り組む使命も課せられたと言えそうだ。
「汚染水問題の印象が悪い」「IOC委員の面会をキャンセルされた」。6日(日本時間7日)、アルゼンチンのブエノスアイレスに到着した首相に、 先乗りしていた岸田文雄外相らが現地の雰囲気を報告した。それまでIOC総会の最終プレゼンテーションで汚染水問題に触れない方向だった首相は、世耕弘成 官房副長官らと対応を再検討。「スピーチで政府のスタンスをはっきり伝え、質疑で補足説明する」とぎりぎりで方針転換した。
首相は8月8日、平田竹男早稲田大大学院教授を内閣官房参与に起用し、即座にアルゼンチンに派遣。通産省(現経済産業省)出身で日本サッカー協会 専務理事も務めた平田氏は「票読みのプロ」(同期の官僚)。菅義偉官房長官とも近く、現地の情勢は首相官邸に刻々と伝えられた。
首相自身も8月下旬の中東・東アフリカ歴訪中、IOC委員のいるクウェート、ジブチ、カタールで東京招致に協力を要請。同行筋は「首脳会談後に、 相手と2人きりで話し込む場面もあった」と明かす。クウェートでは中東やアフリカに影響力があるとされるアジア・オリンピック評議会のシェイク・アーマド 会長とも非公式に会談した。
首相は就任当初から東京招致を見据えていた。今年1月、東南アジア3カ国歴訪を前にした首相官邸での勉強会で「どの国にIOCの委員がいるの?」 と質問。言いよどんだ外務省幹部を「調べておくのが当たり前だろう」と一喝した。3月4日に東京都内で行われたIOC評価委員会の公式歓迎行事では、かつ ての東京五輪の愛唱歌「海をこえて友よきたれ」の一節を熱唱し、会場を驚かせた。首相周辺は「それまで文部科学省任せだった外務省が、このころから本気に なり始めた」と振り返る。
しかし、8月19日に福島第1原発の貯蔵タンクで汚染水漏れが判明し、欧州をはじめ海外の懸念が急速に強まった。
首相はプレゼン後の記者会見で「福島に言及することは直前で決めた」と語った。「首相の一言が非常に大きい」というIOC委員の助言もあった。た だ、「日本の首相として、彼ら(被災地の子どもたち)の安全と未来に責任を持っている。日本にやって来るアスリートの皆さんにも責任を持っている。必ずそ の責任を完全に果たすことを約束する」という決意は「首相のアドリブ」(同行筋)だった。
自民党幹部は「ここまで盛り上がって駄目だったら逆にまずかった」と述べ、招致に失敗すれば政権へのダメージは避けられなかったとの見方を示した。首相はリーダーシップを強調することで、長期政権への足場固めに成功したといえる。
8日、ブエノスアイレスから出演した民放番組で「7年後はどういう立場で(五輪を)ご覧になるか」と問われた首相は、「まあ、選手として出ていることはないと思う」と笑顔でかわした。【松尾良、宮島寛】